悪役令嬢はラスボスの密偵として学食で働くことになりました
 あまり知られていない話だが、現在のラクレット家の事業が多岐に渡る理由はカルミアにある。娘が目新しい提案をするたびに父親は面白そうだと、実現しうるだけの資金と人材を与えてみせたのだ。

 レストランで食事を終えたカルミアたちは街を見て歩くことにする。リシャールは次の店にもついてきてくれるようで、食後の運動も兼ねて街を案内してもらうことになった。
 リシャールも王都には詳しく、ガイド役をかってくれる。カルミアを気遣って歩幅まで合わせてくれる、有能すぎるガイドだ。

(リデロたちとは大違いね。リデロなら私が遅れていても気付かずに行ってしまうわ。昔はそれでよく私が迷子になって喧嘩をしたのよね)

 好奇心旺盛なカルミアは行く先々で珍しいものに目を奪われる。手を繋いでいなければ直ぐにはぐれてしまうような、お転婆な子どもだった。

(あ――)

 もう幼い子どもではないのに、目にした光景がカルミアの意識を奪い足を止めさせる。
 けれどリシャールはカルミアの隣にいてくれた。

「カルミアさん?」

 そうしてカルミアの名前を呼び案じてくれる。置き去りにされてばかりのカルミアにとって、同じ目線で同じものを見つめてくれる人の姿は衝撃的だった。

(この人は待っていてくれた……)

 ただの偶然かもしれない。けれどカルミアにとってはお礼を言いたくなるほど嬉しいことだった。

「あれは、英雄譚の人形劇でしょうか」

 リシャールもカルミアが見つめている物の正体に気付いたらしい。
 小さな広場では子ども相手に人形劇が披露されようとしている。

「よければ見ていきませんか?」

 当たり前のように誘われたカルミアは、気を遣わせてしまったことに焦りを覚えた。そんなつもりではなかったのだ。

「すみません、気を遣わせてしまって!」

「いえ、私が見てみたいのです。実はきちんと話を聞いたことがないもので」

「そうなんですか?」
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