悪役令嬢はラスボスの密偵として学食で働くことになりました
「この国の人々は幼い頃から寝物語として聞かされて育つそうですが、私には縁がありませんでした。ですから一度きちんと聞いてみたかったのです。どうかしばし私にお付き合いいただけませんか? いつまでも校長が英雄譚に疎いというのも恥ずかしい話ですからね」

 船でのリシャールは知識がなくても気にしていない様子に見えた。だからリシャールはカルミアのために、あくまで自分が見たいと言ってくれたのだ。

(優しい人だ。それに、自分には縁がないって……)

 リシャールの過去はゲームでも断片的にしか語られていない。そしてわずかな情報から伝わるのは孤独だった。

 生きるためにはなんでもしたと、冷めた眼差しで語る姿を思い出す。
 リシャールにとっての魔法は生きるための手段でしかない。希望の象徴である魔法も、彼にとっては酷く現実的なものとして映っていたという。
 しかし才能に恵まれていたリシャールはアレクシーネに入学する道を選ぶ。学園の卒業資格があれば将来は約束されているからだ。ところがリシャールの才能は本人の想像すら超えるものだった。
 卒業したリシャールは誘われるがまま、王宮仕えの資格を得る。これは魔法使いにとっての出世コースだ。
 そしてわずか数年で実力を認められ、後継者を募っていた魔法学園の校長におさまった。

 ……というのはあくまでゲームでの話。
 この場にいるリシャールは明らかにゲームとは性格が違っていることから、すべてがゲーム通りとは言えないのかもしれない。けれど口ぶりから察するに、生まれ育った環境は似ているのではないかと思う。

(リシャールさんはなんでもないという顔をしているけど、寂しくないはずがない。ご先祖様の話でも何でもいいから、少しでもリシャールさんの寂しさが紛れますように!)

 深く考え込んでいたカルミアの手がくいと引かれる。
 意識を引き戻されると、リシャールに手を握られていた。

「行きましょう。始まってしまいますよ」

 通常仕様のカルミアであれば羞恥から踏み止まっていた。しかし今はこの手だけが、リシャールとの繋がりのように思えてしまう。

(この人の過去は変えられない。でも、今は一人じゃないと伝えてあげられたら……!)

 カルミアは願うように手を握り返していた。
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