猫になんてなれないけれど
知り合いに会ったことでほっとして、私はそのままエレベーターに乗り込んだ。

3階で降り、警戒しながら早足で廊下を進み、角部屋である自分の家へと駆け込んだ。

ドアを閉め、鍵をかけて部屋の電気をつけたところで私はやっとホッとして、大きく胸をなで下ろす。


(怖かった・・・。だけど気のせい?けど、この前は人影を見た気がするし・・・)


そっとドアスコープから外を眺めてみたけれど、誰かがいる気配はなかった。やはり、気のせいだったのだろうか。


(あの後、真鍋さんたちが誰かに会って、挨拶している様子もなかったし・・・)


やっぱり気のせいだったかな。とりあえず、しばらくは警戒してエレベーターに乗ることにしよう・・・。

不安な気持ちを落ち着かせるため、私は、ハーブティーを入れてひと息つくことにした。

こんな時、彼氏がいれば・・・冨士原さんが彼氏だったら、なんて考えたりもしたけれど、いずれにしても、「なんとなく怖い」なんていう理由で連絡できる勇気があるかもわからないので、自分勝手な妄想は、すぐに心の奥にしまっておいた。

気持ちを切り替え、スマホをローテーブルの上に置く。

そして、淹れたてのハーブティーを飲みながら、実家の「ラブ」の写真や動画、お気に入り登録している犬の動画を続けていくつか見ていった。

気持ちは徐々に落ち着いてくる。


(かわいい・・・。やっぱり、こういう時は癒し動画だ・・・)


本物がいたら、もっと癒やされるんだろうけど。今は写真や動画で我慢する。

ついでに、人気の猫動画もいくつか見てみることにして、気になった画像を順にクリックしていった。

子猫たちが並んで昼寝をしている動画、おもちゃで遊んでいる動画・・・。

どれもこれも微笑ましくて、素直にかわいいなと思う。


(あ、でも、ただ「かわいい」なんてごくごく普通の感想じゃ、冨士原さんはダメなんだよね。猫を1番にしなくっちゃ・・・)


いつかの会話を思い出し、私は一人で笑ってしまった。

冨士原さんは、こういう動画も見るのかな。

そうしたら、どんな顔して見るんだろうか。

やっぱり優しい顔してる?そうしたら猫がうらやましいな・・・。


(今度会ったら、動画とか見るか聞いてみよう)


また会えるって、その未来だけは決まっているから。

待ち遠しくてたまらない。

早く、約束の日が来ないかな。

冨士原さんに、早く会いたい。



そんな気持ちが募っていくと、頭の中は、そのことだけでいっぱいで。

だから私は、先日見かけた人影も、今日、ロビーで聞いた物音も、いつの間にか、すっかり忘れてしまったのだった。







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