猫になんてなれないけれど
食事を終えて、少しの間のんびりと時間を過ごした後に、二人で食器を片付けた。

たわいもない会話をしながら、彼が洗って、私がお皿を拭く係。

新婚さんみたいだな、と、心の中でこっそりにやにやしてしまう。

「・・・ああ、そうだ」

最後のお皿を洗い終えると、冨士原さんが思い出したように呟いた。

受け取ったお皿を拭きながら、私は耳を傾ける。

「オレは、これから仕事で職場に行かないといけなくて。夜までかかるかもしれないんですが・・・真木野さん、どうしますか。このままここにいてもいいですし、もし自宅に帰りたいなら、出る時に一緒に送って行きますが」

「あ・・・そうなんですね。そうしたら・・・」


(・・・どうしようかな・・・)


だいぶ落ち着いてはきたけれど、昨日の今日で、まだ怖い気持ちは抜けてない。

特に、自宅マンションのエントランスを通るって考えただけでやっぱり怖い。

だからといって、冨士原さんの家にこのままずっといるってわけにもいかないし・・・。

「・・・真木野さん、明日も仕事ですよね」

「はい」

「それなら、色々と準備もあると思うので、必要なものだけ取りに帰って、うちに戻って来てもいいですよ。よかったら、真木野さんの部屋の前まで送っていくし」

私の不安を感じ取ったのか、冨士原さんがそんな提案をしてくれた。

やっぱり優しい、と、嬉しくて、あたたかい気持ちになってくる。


(でも、仕事前に行ったり来たりさせるのは、さすがに大変だろうから・・・)


「じゃあ・・・冨士原さんが仕事に行く時、一緒に送っていただけますか。その後は、そのまま自分の家にいます」

「・・・大丈夫?それで」

「はい。洗濯物がそのままだった気がするし・・・明日の準備もありますし。家でやらなきゃいけないことがたくさんあるので、色々家事を終わらせちゃいます」

笑顔で言うと、冨士原さんは少し心配そうな顔をしながらも、「わかった」と言って頷いた。


ーーーもちろん、不安がないってわけじゃない。

けれど、エントランスさえ乗り越えれば、自宅玄関まで送ってもらえば、あとはもう、大丈夫だという気持ちがあった。








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