猫になんてなれないけれど
日曜日の昼間だけれど、さほど道路は混んでなかった。

彼の家から私の家の近くまで、ほぼ予想通りの時間に着いた。

近隣のコインパーキングに車を止めて、そこから歩いて約1分。あっという間に、自宅のマンション前へと辿り着く。

「・・・」

エントランスを前にして、足取りが急に重たくなった。

今は冨士原さんも隣にいるし、怖いことなんて何もないって思うのに。

「・・・大丈夫?」

いつの間にか、私は立ち止まっていたらしい。

冨士原さんの声を聞き、はっと意識を取り戻す。

「・・・、大丈夫です。少しだけ、怯んじゃいましたけど」

そう言って、僅かながらの笑顔を作ると、心の中で、再び「大丈夫」だと自分自身に言い聞かす。

けれど、エントランスのドアを開くと、気持ちが揺らぎ、途端に心臓が震え上がった。

不安が押し寄せそうになってくる。

うつむいた私の右手を、彼の手が、ぎゅっと握った。

「エレベーターは向こうですか。3階って言ってましたよね」

「あっ、はい」

突然のことに驚きながらも、彼のリードでエントランスホールを抜けていく。

あっという間に不安な場所は過ぎ去って、止まっていたエレベーターに乗り込んだ。

冨士原さんが「3階」「閉」のボタンを押して、ドアが閉まるとエレベーターが上昇していく。

はぁ、と息を吐く私。

緊張から、解放された心地がしたのだと思う。

「・・・やっぱり、怖いですか」

「そうですね・・・。まだ、昨日の今日だし・・・」

「・・・そうか・・・」

チーン!という音が鳴り、3階でエレベーターのドアが開いた。

外に出て、角の部屋まで廊下を進む。

1日ぶりの自分の家。

鍵を開けて見慣れた玄関の景色を見ると、不思議なくらいに懐かしくって、帰れたことにほっとした。

「・・・どうもありがとうございました。ここまで送っていただいて・・・」

安堵の息を漏らした後で、冨士原さんにお礼を言った。

彼は「うん」と頷いて、私の頭に手を置いた。

「やっぱり、少し心配だけど」

「すみません・・・。でも、ここまで来たら安心したし、大丈夫だと思うので」

「・・・じゃあ、もし、なにかあったら・・・というか、寂しくなったり不安になったらすぐに連絡してください。なるべく早くここに来るから」

見上げると、約束のように彼が笑った。

もうひとつ、安心感が降りてきて、私は「はい」と頷いた。

「じゃあ・・・様子を見てまた連絡します。・・・あ、お茶でも飲んでいきますか?」

突然気がつき尋ねると、冨士原さんは笑って首を横に振る。

「そうしたいけど。多分、仕事に行くのが億劫になると思うので」

「そ、そっか。まったりしちゃいますもんね・・・」

「うん。また今度」

私に軽くキスすると、「じゃあ」と言って右手を上げて、彼はドアの外へと出て行った。

パタン、と、ドアが閉まる音。

甘い余韻と寂しさが、同時に心を支配する。
< 141 / 169 >

この作品をシェア

pagetop