猫になんてなれないけれど
いいなあ、という気持ちで彼を見上げて笑いかけると、冨士原さんは私の頭をポンと触った。

「それでも今日は、美桜が起きるまで待ってようかと思ったんだけど。そうしたら、確実に起きたくなくなるなと思って。あえて、すぐに起きて支度した」

甘く笑いかけられて、頬が途端に熱くなる。

向けられた目も、「美桜」って名前で呼ばれることも、寝起きの心臓にはなかなか刺激が強いと思う。


(『美桜』って下の名前で呼ばれることも、昨日、ベッドの中で突然初めて言われたし・・・)


あの時、耳元で甘く響いた感覚は、今もまだ、鮮明に残ってる。

下の名前は特別だ。

私が彼を「大和さん」とか「大和」とか、下の名前で呼ぶことは、まだまだ先だと思うけど・・・。

「・・・、あ、えっと・・・・・・じゃあ、私も起きますね」

昨夜のことを思い出し、延々と、甘い気分に浸りそうになるけれど。

これから私も彼も仕事だし、ここはきちんとしなければ・・・。

気合いを入れて、頭を出勤モードに切り替える。

「・・・そうだ。朝ごはん、パンだけでも大丈夫ですか?私はいつも、コーヒーとトーストみたいな朝食で・・・」

タオルケットを軽く畳んで、ベッドから抜け出しながら彼に言う。

昨日は日曜日だとはいえ、冨士原さんは、ふわふわのオムレツをわざわざ私に作ってくれた。

それに比べると申し訳ない感じがしたし、少し恥ずかしいとも思う。

だからといって、今から何かを作れる心の余裕はもちろんないし、時間もなさそうなんだけど・・・。

「ああ、十分です。どこかに寄って食べてもいいけど・・・時間取るかな」

「はい・・・すみません」

「いや、全然。こちらこそ」

「ありがとう」と爽やかな笑顔で言われ、せめて、コーヒーだけは美味しく淹れよう、と心に固く決意する。

簡単にスキンケアを済ませた後に、キッチンへ行き、やかんに火をかけ、トースターに食パンを入れてセットする。

丁寧にドリップをしたコーヒーと、来客用のお皿にのせた食パンを、ローテーブルに並べてく。

そういえば、と、冷蔵庫に残っていたトマトのことを思い出し、大急ぎで切ったチーズと一緒にお皿の上に飾ってみると、なんとなく、美味しそうな見た目になった。

「・・・簡単ですが。どうぞ」

「ありがとう。いただきます」
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