猫になんてなれないけれど
「みずもと」は、ホテルの中にありながら、隠れ家のような雰囲気の高級感溢れる店だった。

まるで老舗旅館のような入り口。

暖簾に書かれた店名は、有名書道家が手がけたような達筆な文字。

橙色の照明があたたかい印象の店内は、全て個室か半個室になっていて、私と冨士原さんは、畳敷きの半個室の部屋に通された。


(ハッピーフラワー、いくら会社の記念とはいえ、バブル期でもないのにちょっとお金かけすぎでしょう・・・)


半個室でも、十分に高級感のある空間だった。しかも、広さは三、四畳くらいありそうだ。

もしもカップルが全員・・・15組成立していたら、どうするつもりだったのだろうか。ものすごい金額になりそうだけど・・・。

と、下世話なことを考えながら、向かいに座る冨士原さんに目を向けた。

相変わらずの無表情。けれど、いつもに比べると、落ち着きがないように見えなくもない。


(でも、そうだよね・・・。いきなりこんな、一緒に食事をするなんて)


ハッピーフラワーの好意であって、辞退することが不可能だったわけじゃない。

けれど、冨士原さんと話し合い、「せっかくなので行きましょう」とお互いに合意して、二人で来ることを決めたのだ。


(二人きりで食事っていうので悩んだけど・・・こんな場所で食べれるなんて、そうそうない機会だしね)


料理は、「ハッピーフラワー×みずもと」コラボの特別スペシャルコースとのことだった。

美味しいだろうことは予測できるし、料理はとても楽しみだ。

今頃、小早川さんと松田さんカップルは、大いに盛り上がっていることだろう。

けれど私と冨士原さんは、お互いに戸惑っている雰囲気で、料理が運ばれてくるまでの待ち時間、無言でお茶を飲んでいた。


(・・・とりあえず、ちゃんと確認しておこう)


「・・・あの。聞いてもいいですか」

静寂の中、勇気を出して問いかけた。冨士原さんは、飲んでいた湯飲みを座卓に置いた。

「私を選んでいただいた理由、教えていただきたいんです」

やっぱりここは外せない。

好意で選んでくれたのか、なにかの捜査か間違いか。

とにかくここを聞かないと、私は今後、冨士原さんにどう接していいのかわからない。

ただの間違いだったなら、変に意識する必要だってないんだし。
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