猫になんてなれないけれど
軽く、抱きとめられた体勢だった。驚きと緊張で、全身が熱くなってくる。

この状態に耐えきれないけど、力が抜けて、冨士原さんの腕の中から抜け出せなかった。


(ど、どうしよう・・・)


と、体感覚では長時間・・・けれど多分、実際には数秒間だと思うけど、悩んだ後に、我に返ってはっとして、冨士原さんに向かって叫ぶ。

「そ、そうだ犯人!!さっきの、追わないと・・・!」

突然それに気づいた私は、慌てて冨士原さんの腕から抜け出した。けれど彼は、冷静な顔を崩さない。

「ああ・・・大丈夫ですよ。外にも警察官がいますから。確保してると思います」

そう言うと、冨士原さんは素早く携帯電話を操作した。

そして、電話口で短いやり取りをした後に、「確保したそうなのでご安心ください」と、なんでもないように呟いて、再び私に目を向けた。

「それで。なぜ、今のような状況に」

「え、あ、それは・・・」

冨士原さんこそなぜここに、と、私も色々疑問があったけど、状況が状況だけに、まずはこちらからの説明が必要そうだった。

「すみません・・・。私が話します」

そう言うと、萌花は暗い表情で私と冨士原さんの傍へとやってきた。

「ここの女将です」と冨士原さんに挨拶をして、私が来店する前から今までの、経緯を順に話していった。

さっきの男は、来店してすぐカウンターの席に座ったらしい。そして、注文の品が出されるや否や、一口食べて「まずい」と言って、ガラス片のクレームを萌花に言ってきたそうだ。

その一連の行動は、どこかとても不自然で。

おかしいと思った門脇さんが間に入ったそうだけど、「うるせえ!」と、一喝されて力一杯殴られた。

私が店に入った時は、その、ちょうど、門脇さんが倒れ込んだ瞬間だったようだった。
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