猫になんてなれないけれど
「先ほどの・・・門脇さんとおっしゃいましたか。あの方は、ご主人ではなさそうですね」

「ああ・・・はい。門脇さんはお店の常連さんです。萌花のことが好きなんですけど、いつもフラれちゃってます。だからって、別に他に彼氏がいるわけではなくて。萌花は・・・一人で椿ちゃんを育てていますよ」

「・・・元のご主人は」

「それは・・・私も知らないんです。あとは、萌花に直接聞いてもらえば」

「ああ・・・そうですね。申し訳ありません。真木野さんを質問攻めにして」

「・・・いえ」

ずっと、知らないでいる。あの時の、萌花の彼氏。椿ちゃんの父親のこと。

「子どもができたから大学を辞める」って、萌花はあの時、私に理由を話してくれたけど、相手のことは絶対口にしなかった。

今でも少し気にはなるけど、話そうとしない萌花から、聞きだすこともできないでいる。何か、言いたくない理由があるんだろうし・・・。

車内には、重苦しい空気が流れた。

長い沈黙。

先ほどの出来事や今の会話の流れから、どうしても、こんな空気になるのは仕方ない。

けれど、だからこそ、ずっとこのままでいるのも苦しくて、何か明るい話題はないだろうか・・・と悩んでいると、「ところで」と、冨士原さんが呟いた。

「あれからどうですか。猫は、好きになりましたか」

「・・・え」

この状況で、突然猫の話題なの?

驚いた後、私は思わず笑ってしまった。

冨士原さんも、この重い空気を和ませようと、考えてくれてのことかもしれない。

「どうでしょう。好きだしかわいいとは普通に思っていますけど。多分、冨士原さんの求めるレベルじゃないのかも」

「レベル?そんなに高レベルは望んでませんよ」

「いや・・・絶対に高レベルです。犬よりも猫、でしょう?同じくらい好きではダメで」

「当然です」

「ふふっ、即答」
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