猫になんてなれないけれど
「適当」ができるって、私にはものすごくうらやましい才能だ。

「うーん、そうだね。まあ、私は味覚だけは優れてるから。料理は唯一の取り柄かな」

萌花はそう言って笑うけど、そんなことはありえない。

「唯一って。何言ってるの!萌花はかわいいし優しいししっかりしてるし、取り柄は料理だけじゃないでしょう。椿ちゃんだって、1人であんなにかわいく立派に育ててさっ」

詳しい理由は本人が話さないので知らないけれど、大学時代・・・中退をして、萌花は未婚で椿ちゃんを一人で産んだ。

けれど愚痴をこぼすこともなく、ここまで頑張ってきた萌花のことを、私はとても尊敬している。

ほろ酔いで思わず力説していると、左側に空席をひとつ挟んだ隣の席の、門脇さんも「うんうん」と強く頷いていた。

「そうだよなあ。料理以外も全てだな。萌花ちゃんは、全身がもう取り柄の塊みたいなもんだよなあ」

45歳、バツイチ門脇さんの呟きに、私と萌花は顔を見合わせてぷぷっと笑った。

「なんですか。トリエノカタマリって」

「ね。音だけ聞くと、鳥料理のなにかみたいに聞こえます」

「えーっ!」

門脇さんは、「なんでそうなる」と言ってがっくりと肩を落とした。

萌花ファンの門脇さんは、上手く自分の気持ちが伝わらず、落ち込んでしまったようだった。

「めちゃくちゃ褒めたのになあ」

「ふふっ、大丈夫です。わかってますよ」

「ありがとうございます」と、萌花はにっこり微笑んだ。それだけで、門脇さんはすっかり元気になっていた。

「あっ、けど美桜ちゃん、彼氏に振られちゃったのかあ・・・。浮気って、他にも理由ちゃんと聞いたの?」

気持ちを立て直した門脇さんは、日本酒を一口飲んで私に尋ねた。

お店に来てから、私はカウンターでずっと萌花に失恋話を語っていたので、隣にいる門脇さんも、もれなくもちろん聞いている。
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