白雪姫に極甘な毒リンゴを 3 (桃華の初恋編)
私以外、誰もいない店内。
いろんな感情に
押しつぶされそうになって
私は椅子に座り
カウンターの上にぺたりと頬を乗せた。
なんでこのタイミングで
流れてくるかな。
もうすぐ閉店を告げる『蛍の光』が
寂しそうな音を響かせている。
その時
背後から声がした。
「桃、どうするの?」
「え? 恋兄……」
「十環っちに渡すの?
結愛さんから預かった、キャラメル」
恋兄に、聞かれていたんだ。
結愛さんとの会話を。
「渡すに決まってるじゃん。
だって……
十環先輩と結愛さん……
両想いだから」
「渡したら取られちゃうよ。
十環っとのこと。
桃はそれでいいの?」
いいわけないじゃん。
できれば私の隣にいて欲しい。
結愛さんのところになんて
行って欲しくなんてないよ。
でも……
「私の気持ちなんて関係ないでしょ?
十環先輩は結愛さんが大好きで
結愛さんも十環先輩が大好き。
これが現実なんだから。
それに恋兄だって見たでしょ?
結愛さんのこと。
素敵な人だったね。
私に微笑んだときなんて
天使かと思っちゃったし。
そんな結愛さんに
私が勝てるわけがないでしょ?」
「は?
結愛さんなんて
たいしたことなかったじゃん」
「え?」
「笑顔だって、うさん臭かったし」
「そんなことなかったよ。
男子だけじゃなくて
女子からも好かれちゃうくらい
優しい笑顔してたじゃん」
「桃はさ、普段は目つきが悪いし、
ニコニコしているタイプじゃないけどさ。
すっげー楽しい時とか
嬉しい時とかさ
良い顔で笑うじゃん。
俺はさ、結愛さんよりも桃の方が
いい女だって思ったけどね」
何よ……それ。
どうしてこんな時に
私に優しい言葉をかけてくるのよ。
こらえられないじゃん。
恋兄の前でなんて
絶対に泣きたくないのに、
涙があふれてきちゃうじゃん。
私は恋兄に
泣き顔なんて見られたくなくて
両手で顔を隠して、うつむいた。
どうしよう。
涙が止まらない。
十環先輩が結愛さんのところに
行ってしまうのが辛くて。
恋兄が優しいのが温かくて。
いろんな感情がごちゃごちゃの中
私は必死に声を殺して泣いた。
そんな私の頭を
恋兄は何も言わずに撫で続けてくれた。