王妃様の毒見係でしたが、王太子妃になっちゃいました
「……懐かしいわね」
ぺらりとめくって、折癖のあるページまできて、息を飲む。
小麦粉の空き袋を切り取ったような、くしゃくしゃのクラフト紙に、見慣れた字が書きつけられている。
【ここにいるから】
「……レイモンド」
それは、間違いなくレイモンドの字だ。
どうやってここにオードリーがいることを知ったのか分からないが、彼は彼なりに自分を探してくれていたようだ。
オードリーの目から、これまでは我慢できていた涙が、ポロポロと流れてくる。
オードリーは手元にあったノートを破り、返事を書く。
とはいえ、これをレイモンド以外が見る可能性も考えなければならない。
クリスはどうしているのか、どうやってもぐりこんだのか。今後、どう立ち回るのか正しいのか。
意見交換をしたいがすべてを書くわけにはいかない。
【甘いケーキが食べたいです。真夜中に月を見ながら、あの子ならばどう作るかと思いを馳せています】
真夜中に月がよく見えるのは、南側に面した客室だ。自分の軟禁場所におけるわずかな情報を挟み込み、ケーキの練習をするといっていたクリスのことをそれとなく尋ねる内容だ。
先ほどのページに挟み込み、先ほどとは違い、正しい向きで挿入する。
カモフラージュに二冊ほど本を借りて部屋を出る。
ずっと胸に覆いかぶさっていた黒い想いが、少しだけ晴れたような気がした。