王妃様の毒見係でしたが、王太子妃になっちゃいました
「おや、ここにいたのか」

突然背後から発せられた声に、オードリーは驚いて振り向く。
そこにいたのはアンスバッハ侯爵本人だ。普段夜中にならなければ帰ってこない彼が、この時間に屋敷にいるのは珍しい。

料理本を戻した後で良かったと思いながら、オードリーは平然と続ける。

「これは侯爵様」

「どうだね。鉱物採集への協力は」

「……それに関しては本当に知らないのです」

何度目か分からない同じ返事を繰り返したところで、侯爵がはあと大きなため息をつく。

「では、君には他の仕事をしてもらおう。黙らせたい令嬢がいる。即効性の毒を作ってほしい」

「私がそんなことを知るわけがないでしょう」

その瞬間、頬に衝撃が走ったとともに頭が真っ白になった。
痛みを感じて、頬を叩かれた拍子に本棚に倒れ込んだことが分かる。

ここまで手荒い扱いを受けたのは初めてで、オードリーは目を瞠った。

「分かっていないようだな。これは命令だ。……君は保護されている立場にも関わらず、少しも協力的でない。そんな人間を生かしておくほど、私も暇ではないのでな」

そして、軽くしゃがむと、オードリーの顎に手をかけ軽く引き上げる。

「ここで私の役に立てば、命は助けてやれるが……どうする?」

オードリーは体が震えるのを止められない。
歯がカチカチとなり、頷くことでしか返事ができなかった。

「ならいい。必要なものは揃えよう。グランウィルに言ってくれ。そうそう。そんなに時間をかける余裕はないことくらいは、君にも分かるだろう」

威圧的な笑みに、オードリーは瞬きさえできずにいた。

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