王妃様の毒見係でしたが、王太子妃になっちゃいました
以前、オードリーが平民街の市場を訪れたとき、皆イライラした空気を醸し出していた。
それは政治不信が原因だった気がするし、小さな暴動も起こっていたように思う。議会は先日、平民へのさらなる増税を行った。にもかかわらず、今回は、そういったものが感じられない。
だが、覇気がないかと言われればそうでもなく、緊張感ようなものは漂っているし、人々の表情は引き締まっていて、なにか決意を宿しているようだ。

「皆、聞け!」

壮年の男が、広場で大きな声を上げた。

「始まった!」と言って、横をすり抜けていくのは薄汚れた格好の若者だ。

「政府は我々に、さらなる圧力を加えてきた。このままでは、我々は国につぶされてしまう。今こそ、立ち上がるべき時だ!」

「おう!」

中央の男の声に、多くの若者が賛同していく。それらの声につられるように、ひとり、またひとりと広場に集まっていった。
オードリーは思わずレイモンドにしがみつく、なにか大きなことが始まる気配だ。熱気が肌の上を通り過ぎていく気がして、鳥肌が立った。

「暴動だな」

レイモンドはオードリーの肩をギュッと抱き寄せた。
いっそ、この人波に紛れてしまうという手もある。そうすれば少なくとも、アンスバッハ侯爵家の追っ手には見つからないだろう。

「どうするか……」

悩んでいるうちに、聞き覚えのある名前が耳に届く。

「我らが主と掲げるのは、アイザック王子殿下だ。王子は生きている! 俺はこの目で見た。王子は、平民を交えた議会を作ろうと我らにおっしゃってくれたのだ」

中心の男から湧き出る熱気が、集まった人々へと伝播していく。

「聞いた? 今アイザック様って……」

「ああ。下手に隠れるよりはこの群衆に紛れたほうがよさそうだ。いいか? オードリー」

「ええ」

頷きあい、ふたりは広場へと向かう人々に続いた。


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