王妃様の毒見係でしたが、王太子妃になっちゃいました

「おや、ここにいたのか」

書庫の扉が開き、屋敷の主人であるアンスバッハ侯爵が現れる。
神経質そうな顔のいかめしい男だ。年のころは五十代。第一王妃マデリンの兄で、昔から国政に携わっている古株だ。

「これは、侯爵様」

オードリーはとりあえず礼を取る。ふん、と彼は鼻息を荒くした。その態度には、オードリーを平民として侮っている様子がうかがえる。

(こうしてみるとケネス様やザック様って、異常なのよね)

普通を多数決で決めるなら、おそらく侯爵の態度の方が普通だ。
グラマースクール時代、オードリーは貴族の子弟も通う学校で、口では言えないような嫌がらせも、不条理な押し付けも受けてきた。オルコット姓を名乗るようになってからはそんなこともないが、彼女の学生時代は本当に息苦しいものだったのだ。

「何かおもしろいものはあったかね? 君はオルコット教授の元助手でもある。実際、文献の扱いは君の方が上だったと聞いている」

誰から?と思ったが、問いかけることはできない。
オードリーが発言を許されるのは、彼が質問を投げかけたときだけだ。

「それでだ」

公爵がオードリーの顎を持ち上げる。思わず息を飲み、彼から目をそらした。

「君はオルコット教授が知っていた採掘場所をすべて知っているんだろう? 輝安鉱が採掘できる場所は他にどこにある?」

「輝安鉱?」

件の毒の名が出てきて、オードリーは一瞬驚く。それだけじゃない。なぜここで夫の名が出るのか。
夫は学術院の教授だった。仕事の成果は認められていたが、政治に介入はしていなかったはずだ。
現在、輝安鉱の利用は印刷のための金属板の作成に限られており、採掘業者には許可証が出されている。
採掘場所は、業者には伝えられているはずだ。
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