ボードウォークの恋人たち
「ま、お父様もそうなんだけどね、舘野先生はいいって言ってるの?」

科長は硬い口調を崩してきた。不思議そうにして。

「舘野先生にも言ってないです」

「あら、だったらなおさらダメじゃないの」

科長の当然だという言い方に私はがっくりと肩を落とした。私の研修なのにどうしてハルの許可が必要なのかとか言い返すのも面倒で「そうですね」と神妙な顔を作って頷いておいた。

どいつもこいつも私とハルの関係を誤解している。
ハルの婚約者だという嘘が病院中に浸透していて、先日も廊下で偶然出会った事務長に「披露宴の出席者のリストアップは手伝うよ」と言われたくらいだ。

「舘野先生が忙しいから今のうちに行くつもり?」

「・・・そう言うわけじゃないんですけど」

少し言いよどむと科長は苦笑気味に「まさか喧嘩?」と声を落とした。

「そんなんじゃないですけど」

どんどん小さくなっていく私の声に科長が小さく笑った。

「すれ違いが多いと不安になったりするけど、大事なことだけはお互いきちんと伝えていかないとね。そのままにしておいて拗れてしまうと解決するのにも無駄に時間がかかるし、何よりメンドクサイわよ」

「科長」

「うちもお互い仕事を持ってるすれ違い夫婦だから。仕事以外も”ホウレンソウ”」

フフッと笑い私の返事を待たず「とにかくこの件は保留。あちこちの許可が下りたらまた声をかけること」そう言ってパソコンに向かってしまった。

「はい」
小さく頭を下げて科長室を後にした。

報・連・相かぁ。
私とハルは大事なことは「報告」も「連絡」も「相談」もしていない。
思えば私たちの間にある報連相は日常生活のことだけだ。
スケジュールのみ、お互いの勤務に関することだけ。

手っ取り早く研修に逃げようとしたけれど、どうやらその手は使えそうもない。

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