ボードウォークの恋人たち
***

勤務が定時に終わり、何となく帰りたくないなと思ったものの帰る場所は一つしかなくて、真っすぐ帰宅することにした。
ハルの学会発表は明日に迫っていて、今夜は会場のホテルに前泊して準備をするとかで今朝慌ただしく出て行ったから今日は一人だ。

正しくは今夜も、か。

彼女からの呼び出しがあったあの晩からハルは着替えをしに短時間帰ってくるだけで、自宅のベッドで寝ることはなかった。
今朝も私が朝食を食べている時に帰って来てシャワーを浴び着替えをするとまたすぐに出ていった。

何か話しかけられた気はするけど、ハルに背を向け流し台で食器を洗っていたから耳に入って来なかった。
ハルの方も返事は期待していなかったのだろう。洗いものを終えた時には玄関に向かう足音が聞こえ、次に玄関ドアが閉まる音がした。

一緒に暮らしているはずなのに私とハルの距離は遥か遠い。

こんな思いをしてまでここにいる必要があるんだろうか、そんなことばかり考えてしまうのは私の中にハルへの消せない恋心があるからだろう。

エレベーターを降りハルと私が暮らすマンションの玄関まであと少し、という時だった。

ドアが内側から開き、中から人が出てきた。

あ、ハル。
えーーーー?
そして、ハルの身体の影からもう1つの姿。

「やだぁー、ハルったらぁ」
「やめろ、その言い方」
甘えるような猫なで声でハルの右腕にくっついたふわふわカールの小柄な女性の姿。

驚きで息が止まりそうになった。

ここに女性は出入りしないと言ったのに。
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