ボードウォークの恋人たち
ドアから出てきたハルとその場で足を止めていた私の目がパチリと合う。

私の姿に大きく見開いたハルの目が驚きから動揺へと変わるのが見えた。
ハルの腕にしがみついていた女性は急に立ち止まったハルのせいでつまづき可愛らしい悲鳴を上げている。

そんな彼らからすっと目をそらし入れ替わるように玄関へと足を踏み出した。
よかった、足が動いた。震えていることは知られたくない。

「水音・・・」
一瞬ハルに非難の目を向け無言でまだ施錠されていないドアを開け滑り込んだ。

「待て、誤解だ」

何が、誤解?
後ろ手に思い切りドアを閉め、がちゃんっと音を立てて鍵だけでなくドアガードもかける、
「水音!待て」
ハルの声を無視して自室に飛び込み念のため、今までかけたことのない自分に与えられた部屋の鍵もかけた。

そのままスマホの電源を落としヘッドホンで音楽を流して布団をかぶる。
外の世界を遮断してカタツムリのように丸くなっていると次第に震えは治まってきたけれど、胸がひどく痛み気付けば嗚咽が漏れていた。

本当は信じたかった、ハルのこと。
私のこと俺のだからと言ったこと。
ここに出入りする女性は私だけだと言ったこと。
”俺の帰ってくる家はここだけだし、水音の家もここだから”なんて言って欲しくなかった。
なおさらキスなんてして欲しくなかった。

何時間こうしていただろう。
身体の水分をずいぶん減らしてから、私は顔を上げてヘッドホンを外した。
何も聞こえない。
ハルはとっくに彼女と学会のホテルに向かっただろう。

ーーここを出よう。
泣いても喚いてもこの状況は変わらない。
ここに居ても辛いだけ。

思いついたら即実行。
スーツケースを取り出して貴重品と化粧品、あとは入るだけの衣類を入れて廊下に出た。

途端にふわりと香る甘ったるい香水の残り香。特に玄関がひどい。
もう、最悪、吐きそうだ。
また涙がじわりと浮かんでくる。

息を止め玄関ドアからエレベーターホールまで小走りで向かう。マンションの外に出た時には大きく深呼吸して身体の中からにおいを追い出した。
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