ボードウォークの恋人たち
210号室は特別室で個室の中でも格段に広い。

カーテンの向こう側に応接セットとベッドがある。そこに何人かの人のいる気配がした。
私がカーテンに手をかけた瞬間聞こえてきたのはハルの怒り声だ。

「いいから帰れって言ってるだろ。母さんも沙乃も。諸川さん、この二人を連れて帰ってもらえませんか」

「何を言ってるの、治臣」
「私のせいで怪我したんだから私が世話をするのが当たり前でしょ」

本来、病室で交わされるような大きさの声じゃない。女性たちのヒステリックな声が後に続いている。

なに?中で何が起こってるの?
ハルの容態は。

どうやらハルの意識は戻っているらしいけど、この騒ぎは。

疑問に思いつつハルの状態が心配で滑るようにカーテンを開けて中に入った。

部屋の中にいたのはベッドで横になっているハル、それと見たことがない背の高い中年の男性が一人、身なりの良い中年の女性、それとあの日ハルの腕にべったりとくっついていた女性だった。

「水音!」

入ってきた私に気づいたハルの顔が怒りから驚き、そして輝くような笑顔に変わっていった。
それはもうものすごくわかりやすい表情の変化で私の方が驚いたくらいだ。

でも、ハルの右の側頭部と左手首には白く大きなガーゼと包帯が巻かれているし出血したのだろう髪に血液のあとがついている。
安静が必要なのは一目瞭然だ。

「ハル」
とりあえず無事なハルの姿に涙が込み上げてきた。

「水音、来てくれてありがとう。こっち来て」

ハルが右手を持ち上げ私に向かって真っ直ぐに伸ばす。
その手に引かれるように私はベッドサイドに駆け寄り彼の手を取った。

点滴につながれた右手はとても冷たいけれど、ハルはちゃんと生きていた。

ハルの手をギュッと握るとハルは笑みを深くして握り返してくれる。

「ハル」
安堵の涙がこみ上げる。
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