ボードウォークの恋人たち
「今日は帰るけど、また明日来るわ」
沙乃さんが名残惜しそうな視線を向ける。

「いい。もう来ないで欲しいとさっきから言っているだろ」
彼女の言葉を即座に断るハル。

あれ?と疑問を感じる。
この人、ハルの大事な人だよね?

「入院中の着替えとか必要なものを持ってくるから。いろいろ無いと大変でしょ」

「だから、いらない。そんなことは沙乃に頼む必要ない。必要があれば水音に頼むし俺には水音がいればいい」

「治臣!」

「沙乃!いい加減にしないかっ」

ヒステリックに大声を出した彼女をハルのお義父さんが叱りつけ、早く病室を出るようにと促すと彼女は私をひと睨みして駆け出すように出て行った。

「待って沙乃さん!」
出て行った彼女を見て慌てた様子でハルのお母さんも追いかけるようにバタバタと出て行く。

こ、これってどういう状況なんだろう。

自分がここに残っていいのかわからずハルを見つめると、ハルは何もなかったように私に笑顔を向けてくる。
握られた手に力がこもった。

「治臣くん。本当に申し訳ない」
ひとり残ったお義父さんがハルに向かって頭を下げた。

「いいえ、諸川さんのせいではありません。これは俺の実の母親のせいですから」

ハルは今度は”お義父さん”呼ばず、諸川さんと呼んでいた。
その表情は怒っているというより冷めているという感じだ。

「二ノ宮さんも、イヤな思いをさせて申し訳ない」

私にも丁寧に頭を下げて謝罪をされたものだから、私は戸惑い「いいえ」と言ったものの居たたまれずまた困ってハルの顔を見つめてしまう。

ハルは大丈夫だという風に私に穏やかな笑顔を向け、また私の手を握りしめた。

「ーーー本当に仲がいいんだね、二人は」

何度も顔を見合わせ、手を握り合う私たちの姿を諸川さんは眩しそうに見ながら辛そうな悲しそうな顔をした。

諸川さんの言葉にハルは無言だった。
否定も肯定もしないけれど、ハルの視線は真っ直ぐ私に向けられていてその目には愛しいものを見るような柔らかな色が浮かんでいる。

そのハルの真っ直ぐな視線が照れくさくて私は俯いてしまう。
なんだろう、このこそばゆい感じは。
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