ボードウォークの恋人たち
「今まで長いこと私たちのせいで嫌な思いをさせて本当に申し訳なかった。許して欲しい」

ハルのお義父さんはハルに深く頭を下げた。
「わたし、席を外すね」
こんなディープなプライベートの話、親友の妹が聞いていいわけない。一旦病室から離れようとしたら
「いいからここにいて」と手を離してもらえない。

「さっきも言いましたけど、これはもともと母のせいですから」

「いや、しかしーー」

「諸川さん、はっきり言いますが」

ハルは女性二人に向けていた冷たい怒りをもう引っ込めていたけれど、このお義父さんに対しても思うところはあるのだろう。ハルの口調は極めて業務的だ。

「この先俺は諸川さんの一家とは出来れば接触をしたくない。ただ俺とあの人とは血が繋がっている。だからそう言うわけにもいかないこともあるでしょう。だけど必要最低限の付き合いしかする気はありません。沙乃も以前はいい研究パートナーでしたけど、今は違うし何よりプライベートな時間に彼女と一緒にいる気はありません。母にも沙乃にも今後は俺に接触しないよう諸川さんからも口添えしていただきたいと思っています」

ハルの口から流れ出たのは強い拒絶。
これってもしかしてハルは実の母親と絶縁宣言してるんじゃ。

「ハ、ハル。落ち着いて。ね、ちょっと頭を打って混乱してるんだよね。すみません、この話はまた落ち着いてからってことにして頂けませんか」

ハルとお義父さんとの間に強引に割って入りペコペコと頭を下げる。
どんな事情があったとしても実の母親と仲違いじゃなくて絶縁はよくないと思う。

「水音。いいからちょっと退いて」
「ダメよ、ハル。一回落ち着こう。それでまた時間作ろう、ね」

ベッドから起き上がろうとするハルに抱き付くようにして身体を押さえ込み、ぎゅうっとしがみついてやる。
とりあえずお義父さんには帰っていただこう。

「お願いです、今日はこれで。ハルは頭を打って入院してるんです。私がハルと話しますから」

帰って欲しいと必死に目で訴えるとお義父さんは私たちに向かって深く深く頭を下げた。

「治臣くん、今日は帰るよ。妻と娘のことは本当に申し訳なかった。怪我が治ったら話し合う時間を作って欲しい」

仕方ないと思ったのかハルは無言で頷いてくれた。
よかった、とりあえず回避できた。
私は小さく息を吐いた。

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