ボードウォークの恋人たち
「あら、私だってハル君のことずっと本当の息子だと思っていたわよ」
二ノ宮の母が普段通りの優しい笑顔を向けてきて堪らなくなった。

俺が得られなかった肉親からの愛を、この人たちは他人の俺に我が子と同じような愛情を注いでくれていた。

「本当にありがとうございます」

「これからは遠慮しないで”息子”だって言っていいのね。嬉しいわ。ね、あなた」

「そうだな。アメリカに行って臨床だけじゃなく研究も真摯に頑張ってると人づてに聞いた時には嬉しくて小躍りしそうになったものだ。もちろん今回研究が認められたことも喜ばしいが、向こうで成果を残すために頑張っている治臣くんの姿が目に浮かぶようだった。目に見える結果がなくても十分だとわたしは思ってるよ。その上、娘婿になってくれるとは」

あのまま流されるように二ノ宮グループの病院に就職していたらそんな評価はもらえなかったかもしれない。

ふふふと嬉しそうに二ノ宮の母が隣に座る父の手を握っていると
「わ、何そのラブラブな感じ。まさか、お母さんまたお父さんに旅行のおねだりとかしてたんじゃないでしょうね」
お茶を淹れなおした水音がリビングに戻ってきた。

「あら、それもいいわね。この間の視察旅行楽しかったもの。もう法人本部には暁人だっているんだし、お父さんまた連れて行ってくれる?わたし新婚旅行で行ったノルウェーに行きたいわ」

二ノ宮の母の弾んだ声に二ノ宮の父は穏やかな微笑みで返している。

お互い視線を合わせて微笑み合う二ノ宮の両親の姿を見てこの二人がいなかったら自分は温かな家族の形を知ることはできなかっただろうと改めて思った。

幼い頃は実の両親と自分の家族3人で食卓を囲むこともあったのだろうけれど、ハルは覚えていない。

記憶にあるのは不機嫌な母と二人で食べる食事。その頃父の姿はなかったように思う。その後いつの間にか母がいなくなり家政婦さんの作った食事を父と二人で食べる静かな食卓。
それでもハルが幼い頃は一人ぼっちになる時間は短かった。家政婦さんが帰った後、父が早めに帰宅してくれていた。ハルが小学校高学年になる頃に父の仕事が忙しくなり夜も遅い時間まで一人で過ごしことが多くなっていった。

中学生になり暁人と出会わなかったら自分は家族が何なのかを知らずに大人になったのだろうと思う。
誰かと会話しながら食事をして食後もゆったりと寛ぎ、順番でお風呂に入ることもハルには新鮮だった。
リビングのソファーのどこに座るか、おやつのスナックの取り合いなど些細なことで暁人と水音が揉めている姿を見て驚いたり笑ったり。

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