ボードウォークの恋人たち
「・・・母。今すぐそっちに行く。首を洗って待ってて。覚悟して」

地を這うような低い声で我が母親に警告を送ると、
「あらー残念ね、水音ちゃん」
母の楽しそうな声がした。

「わたしね、今から飛行機に乗るの。お父さんの出張についていって帰りにラスベガスに寄ってくる予定。いいでしょう、ラスベガス。その後オーランドの夢の国にも行くの。うふふふ」

「うふふふじゃない。今すぐ帰ってきて」

「ムリよ、もうチェックインしちゃったし。あ、実家に戻ろうなんて思わないことね。鍵は変えちゃったから。水音ちゃんの持ってるうちの玄関のカギは使えないの。だからハル君と仲良くしてね」

驚いて声が出なかった。今、なんて言った?

「あ、出国前に羽田名物食べとかなくちゃ」なんて陽気な声で唐突に電話が切られた。

母ー!
覚えてろよー!!

母がいるだろう南西方向に向かってひと吠えすると、次にハルに怒りが込み上げてきた。
ハルも一体うちの母に巻き込まれて何をしてるの。

とにかく荷物を取り返さないと。
兄のスマホに電話をしてみたけれど、応答はなく連絡が欲しいとメッセージを入れておいた。

私の夜勤中を狙ったこの用意周到な引っ越しは能天気母と魔王ハルによって仕組まれたことはわかった。
父と兄の関与については今のところ不明。
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