ボードウォークの恋人たち
「もうわかったよね。水音はあそこに帰らない方がいい。幸いこのマンションには空き部屋があるし、ここにいれば安全だから」
広々とした部屋には落ち着いたハルの低音の声だけが響いていた。
「二ノ宮のご両親、長期の海外視察なんだってな。実家に戻っても誰もいないからって俺はおばさんから水音を預かって欲しいって頼まれた。俺もそれがいいと思った。だから何も考えずとにかく水音はここにいればいい」
いつの間にか私の肩はハルの腕に包まれていて温かいぬくもりに守られるようそっと囲まれていた。
私も犯罪に巻き込まれていたら・・・と考えてぶるりと震えるとハルの腕に力が入りぎゅっと抱きしめられる。
「ここに居れば安全だ。簡単に空き巣にも狙われないし洗濯物も盗られない。夜勤の後も安心して眠っていい。何時だって入り口には管理スタッフがいるし、警備員もいる。もちろん、俺も」
恐怖と不安。
そんな気持ちに驚くほどハルの温かさが沁みてくる。
ハルのこと大好きだった少女の頃を思い出したのか気が付くとハルの袖をぎゅっと握ってしまっていた。
そんな私にハルは昔と同じように背中を優しく撫でるようにとんとんして「もう大丈夫だから」と囁いた。
しばらくハルのぬくもりに包まれていると震えが収まり徐々に私の身体も温かくなってきた。
不思議だ、不安な気持ちも恐怖心もハルの体温に包まれたらいつの間にか小さくなっていてそれどころか眠くなってきた。
「おいで。水音の部屋に案内するから」
のろのろと顔を上げた私にハルが微笑む。
魔王ハルが私の手を取りゆっくりと立ち上がり私もおとなしくそれに従った。