ボードウォークの恋人たち
リビングを出て右側のドアを開け中に入るように促される。

そこにあったのは見覚えのないチェスト。それにデスク。
カーテンやベッドも知らないものだけど、ベッドの上に置かれたブルーのカワウソのぬいぐるみは私のもので間違いない。

「荷造りも荷ほどきも全て女性の業者がしたから俺を含めて一切男は触ってない。水音が使ってた冷蔵庫なんかの家電は実家の物置に運んだと聞いてる」

こくんと頷くとハルは魔王のくせにホッとしたようだった。

「今日は夕方から二ノ宮総合病院の当直のバイトが入ってるから、俺はいなくなるけど水音はここにいれば安全。大丈夫だよ。何か俺の留守中に困った事があったら連絡して。患者対応中だとすぐに返信できないから急ぐときはここのマンションのコンシェルジュに連絡するといい」

「え、ハルいなくなっちゃうの?」

思わず漏らした私の声にハルの目が丸くなる。

「やっぱり不安か」

「えーっと…いきなりの話でついていけないのと、知らない場所だし、なんか広すぎるし、怖い話を聞いて落ち着かないっていうか…」

動揺してしまった。たぶん目が泳いでいる。
いきなりハルと一緒に暮らすというのも抵抗があるけれど、また不安になったのも本当だ。
置いていかないで欲しい。

「不安になるだなんて、ちょっとは信頼してもらってるみたいだな。嬉しいよ」
ハルはまた神々しい笑顔を見せた。
ヤバい、眩しい、魔王のくせに。

「出かけるのは夕方だからまだ時間がある。落ち着くまで側にいるから」

言いたいことも聞きたいこともあるけど、私はまた小さく頷いた。
当直が入ってるならあまりワガママは言えない。

おいで、と伸ばされたハルの手を私は素直に握りしめた。
まるで何かの暗示にかかったように。
< 40 / 189 >

この作品をシェア

pagetop