ボードウォークの恋人たち
あらためて部屋の中を見回してみると、壁際に大きなスーツケースが鎮座していた。

部屋は使用した形跡がない。ベッドのシーツにしわが付いていないし、私が座っていないソファーの位置もずらしたような痕跡もなく、デスクの上のファイルやパンフレットも清掃したばかりのようできっちりと置かれていたし、ティッシュも三角折りにされたまま。

私の着替えのために借りた部屋・・・じゃないよね?

ぼーっとしていると、ノックの音と同時にハルが部屋に戻ってきた。
それってノックする気があった?必要だった?というタイミングにちょっと呆れる。

「かさりとも音がしないと思ったらやっぱり着替えてなかったか、コイツ」

失礼な態度の上、何その言い方。

「何で着替えるのよ。裾を直せばいいだけだし」

腕組みして睨んでやると、ハッとバカにしたように笑われる。

「振袖なんだぞ、お前自分で直せんのかよ」

そうだった、振袖はちょっと無理かも。

「べ、別に3階の更衣室に連れてってくれたらよかったでしょ。あそこならこのホテル専用の着付けを担当しているスタッフさんが常駐してるから頼めばいいんだし。ちょっと崩れてるくらいならタクシーに飛び乗るって手もーー」

「うるせえな、いいから着替えろよ。そんなもん早く脱げ」

「なによ、うるさいって何」

なんでハルに指図されなきゃいけないんだ。私は思い切りハルを睨みつけた。

「ああーーーーもう、いい加減にしろって。自分で脱がなきゃ俺が脱がしてやる」
焦れたように頭をぐしゃぐしゃと掻いてハルが一歩私に近付いた。

え。
「あ、まって、待って」

「うるさい。自分で着替えない水音が悪い。俺はちゃんと言った」

さすがにそれはちょっとまずいんじゃ。
ハルの手が私の帯に掛かった。やばい、これマジだ。

「ハル、ハル!ごめん、自分でやる。できるから!ちょっと待って」

ハルの手が帯留めを解いたところで止まった。

「・・・じゃあ早く着替えて」

むっつりとした顔をして腕組みをしたハル。

「ええーっと。だから部屋から出て行ってくれませんかね」
上目遣いで様子を窺ってみると、
「ダメ」
即座に却下された。
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