ボードウォークの恋人たち
「さすがに着替えにくいんですけどーーー」

「嫌だね。俺が出て行ったらお前また着替えないだろ」

「いや、さすがにもう抵抗しません。振袖苦しいし着替えようかと思ってマス。私のお気に入りのワンピースもここにありますし」

殊勝なことを言えば出て行ってくれると思ったけれど、ハルはそう簡単な男ではなかった。

「うん、だったらどうぞ。早く着替えて」
ニコリと綺麗なお顔に綺麗な笑みを浮かべた。部屋から出て行く気は全くないらしい。
笑み、黒いよ、真っ黒だよ。

あー私のバカ。
だったら最初からハルが廊下に出てくれた時に着替えておけばよかったんだ。

「すいません、ハルさん。誠に申し訳ありませんが、せめて後ろを向いていて下さいませんか」
私はぺこりと黒い笑みを浮かべる男に頭を下げる。

「・・・ま、仕方ないか。そこは譲歩してやるよ。だから早く着替える、いいか?」

「ハイ。可及的速やかにやらせていただきマス」

ハルは黒い笑みをほんの少し薄くして、くるりと後ろを向き私から離れてベッドの端に座った。

なんだよ、全く。
フンっと鼻息荒く息を吐いたら
「水音。手伝おうか?」とワントーン低い魔王様の声がしたので
「いいえ。もう手は動いておりマス」と慌てて帯を外す作業に入ることになった。


・・・・いくら向こうを向いてるって言っても同じ部屋に異性がいる状態で着物からワンピースに着替えるってそりゃどうなのよと思いつつも、手を止めると気配で気付くだろう魔王様のせいで私は手早く着替えることになってしまった。

さすがに襦袢姿になったらハルが部屋を出て行ってくれた。
乙女の危機は去った。

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