ボードウォークの恋人たち
いつ帰る?というメッセージが入ったのは45分前と表示されている。
『ごめんね、メッセージに気が付かなくて。今タクシーの中なの。あと15分位で着くと思う』と返信するとそれはすぐに既読になり
『気を付けて帰っておいで』と返事が来たーーーのだが、


ーーーー「ハルってこんなに心配症だったっけ?」
マンションの1階のエントランスで遅いとばかりに仁王立ちして私を待っていたハルに驚いて口をポカンと開けてしまった。

「まだ夜10時デスヨネ?」

「もう夜10時はとうに過ぎているし、水音は若い女性だよね。お酒も飲んでるだろうし心配するだろ」

いやいやいや、仕事の後でご飯食べに行くって伝えたし、今どき自宅暮らしのOLさんだって門限22時はないでしょうよ。
おまけに三交代勤務してる私は深夜帰宅深夜出勤当たり前だから、この時間帯が遅いという認識というものがない。

「さ、俺たちのうちに帰るよ」
有無を言わさず腰に手を回されエレベーターに乗せられる。
ここ数日鳴りを潜めていたのにまた魔王モードにチェンジしたらしい。

「ハルさん、ハルさん。ちょっと距離が近くありませんか?」
ハルの左手によって私の腰はがっちりと引き寄せられていて私たちは信じられないほど密着している。

「また先日のように抱いて運んでもいいけど、水音はそっちがいいの?」
魔王が微笑みと共に低い声を出した。
それはお見合いの日のことを言ってるのかな。

ひぃっ。ハルの目が笑ってない。
何で怒られてるのかわからないけど「このままでいいです、ハイ」とおとなしく腰を掴まれたままにした。

腰を強く抱かれすぎ足元がふらついてしまい、ハルにもたれかかるような無様な格好になる。よろけてハルの胸元にぶつかり慌ててしがみついてしまった。

「ごめん、よろけた」
謝りながら離れようとすると「このままでいい」とまた引き寄せられる。

「ハル、どうしたの?何かあった?」

近付いて分かったのはハルから少しお酒のにおいがすること。でも酔っているようには見えない。ちょっと様子はおかしいけど。
ハルは返事をせず覗き込んでいる私の顔を見て少しだけ笑ったように見えた。その笑顔は悲し気に顔を歪めただけのようにも見えるし顔色もあまり良くない。

「はーる」
どうしたの?とハルの目を見つめたところでエレベーターの機械音が到着を告げ扉が開き私たちは何も話せなくなってしまう。
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