ボードウォークの恋人たち
「早く気が付くべきだったわ。グループの代表のお父さんが海外出張中に次期代表になるお兄ちゃんまで出張で日本にいないわけないってことに」

企業を代表する二人が同時に日本を離れるはずはない。
そんなことにどうして気が付かなかったんだろうって感じだけど。

「治臣との生活が不自由なのか?」

「不自由なんかあるわけないでしょ。勤務先には近いし、ほぼ一人暮らしだし」

「じゃ何だよ。なにが不満だ」

「申し訳ないじゃない。血の繋がった家族でもないのに近くで犯罪があったからってあんなに高級なマンションでお世話になるなんて。不便なのは私じゃなくてハルでしょ」

「何だそんなことか」
兄は鼻で笑った。

「治臣は水音が心配で世話がしたい、水音は居心地悪くない。だったらそのまま世話になってろよ。それでいいだろ。治臣がいいって言うんだから。せめて水音の貯金ができるまで世話になっとけ」

「そんな勝手な」

「いいんだよ。水音だって知ってるだろ、治臣は一人っ子でうちの家族が羨ましかったって。父親が忙しくていつもいないのはどっちの家も同じだったけど、治臣んとこは母親もいなかった。うちはおしゃべりで陽気な母親と生意気な妹がいたからな。家庭の雰囲気も母の味もうちでしか味わえなかったんだよ。だから治臣は水音が自分を頼ってくれたら喜ぶぞ、絶対」

「・・・そんなの勝手だよ」

「いいって。お前が嫌じゃなければの話だけど、しばらく世話になってろよ。まあそのままそこに永久就職してもいいし」

とんでもないことを言う兄だ。永久就職だって。

「それはナイ。私は女癖の悪い人は嫌だしハルだって私じゃ物足りないはずだし。ハルには大人な美人が似合うと思う」
そこは否定させていただきましょう。

「でも、お前たち公衆の面前でキスしてたってーーー」

「わーわーわー!」
慌てて立ち上がって余分なことを言う兄の口を塞いだ。
お母さんか、そんなことを兄に言うのはお母さんしかいない。
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