ボードウォークの恋人たち
「では会計を済ませてあちらでお待ちくださいませ」

店員さんのワントーン高い声に「あ、はい」と財布を取り出そうとカバンを探ろうとするとハルにストップをかけられた。

「水音、ここは俺が出す」
「いいよ。ハルの誕生日なんだから私が出す」
「いや、ここに連れてきたの俺だし」
「だめ、私が」
「いい」

結局先にハルがカードをレジの女の子に渡してしまって私は支払うことができなかった。

一体誰の誕生日なんだか。
店を出るときも店員だけじゃなく列に並んでいる女性の視線がハルに向いているのがわかる。そしてその一部の視線がハルの隣にいる私に向くことも。

こんな平均平凡一般人が隣にいるのが納得できないっていう顔をする人がいるのも毎度おなじみ。
さっき出て行った彼女なら”お似合い”って言われるのだろうな、そう考えて心の中でため息をついた。

お店を出てすぐにタクシーに乗せられ10分もかからずに帰宅。タクシーの車内ではお互い無言だった。

「お帰りなさいませ」

マンションのエントランスに立つコンシェルジュの女性がぱあっと花が開いたような笑顔を向けてきた。
そう、この女性もハルに好意を持っている。

このコンシェルジュさん、私が一人で出入りするときにはこんな顔はしないし、他の住民にも同様。
どいつもこいつも女たちはハルの姿を見るとこんな感じだ。

本日何回目かわからないため息を飲み込んで彼女に会釈をし隣にいるハルの様子を窺ってみるとハルは無表情で会釈をしたようだった。

ーーーやっぱりハルの元から離れよう。

離れればこんなどす黒い感情を抱かなくて済むはずだ。

そうだ、早くハルに頼らなくていいようなマンション探そう。独立すればいい。
誰にも文句言わせないところを探そう。それがいい。
無言で乗ったエレベーターの中で私は密かに決めていた。
< 94 / 189 >

この作品をシェア

pagetop