ウエディングドレスを着せてやろう
「……七時半か。
 食事にでも行くか」
と光一は、やはり、斜め後ろから言ってくる。

「そうですね」
と花鈴は開いたままの扉からレストランを見たが、

「いや、此処を出て違う店に行かないか?」
と光一は誘ってきた。

 確かに、今、劇場からの客が雪崩れ込んで混んでるしな。

 それにしても、何故、専務は、常に私の視界に入らない斜め後ろから話しかけてくるのか。

 私が、私の背後には立つな、とか言う人種だったら、射殺しているが、と思いながら振り返ると、光一も何故か、何処かを振り返る。

 そこになにが、と思い、彼の視線を追ってみたが、ホールの白い壁しかなかった。

 なんで壁を熱心に見ているんだ、と思いながらも、
「えーと。
 じゃあ、行きましょうか」
と花鈴は言ってみた。

 そうだ。
 早く此処を出なければ、と気がついたのだ。

 人情芝居に感情移入していたせいで、緊張も解け、ほっこりしていたのだが。

 そういえば、我々はラブラブにならねばならないのだった。

 このまま此処に居たら、ファミリーになってしまう。

「では、参りましょう」
と花鈴はふたたび、堅い口調と表情に戻り、光一に頷いた。




< 191 / 373 >

この作品をシェア

pagetop