ウエディングドレスを着せてやろう
 


 お昼休み、例のパーテーションの前のソファでスマホをいじりながら、詩織が言う。

「そういえば、あんたのLINEの名前、なんで『いっちゃん』なのよ」

 少し離れた位置で話していた男性社員が、チラ、とこちらを見た気がした。

「ああ、大学のとき、目が悪いから、いつも講義、一番前で聞いてたからです」

「……そんなくだらない理由?」

「いやあ、黙ってた方がミステリアスかなと。
 専務も気にしてらしたみたいなんですけど。

 少しは秘密の部分もあった方が謎めいてていいじゃないですか」

 ふふふ、と花鈴は笑ってみせたが、詩織に、
「なにがミステリアスよ。
 何処からも、いい女の雰囲気が伝わってこないわよ、その話」
とぶった切られる。

 だが、詩織はそう言ったあとで、ん? と他のソファの方を振り返ってみていた。

 さっ、とみんなが視線をそらしたのを感じる。

「……ねえ、なんか此処での会話、聞かれてない?」

「そうですね。
 なにか今日は特に、注意を払われているような」

 そう言いかけ、花鈴はハッとする。

「もしや、今朝、自販機の前で……」

 キスしていたのを見られたのか?
とうっかり言いかけて、とどまったが、詩織には当然のようにバレてしまった。

「……なにしてんのよ、会社で」
と言われてしまう。
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