完璧御曹司の優しい結婚事情
「葉月」

どれぐらいそうしていただろうか。名前を呼ばれて顔を上げると、息を切らしてこちらに駆けて来る樹さんの姿が見えた。
近付いてくると、いつもきちっとセットされている髪は乱れ、額には汗をかいているのがわかる。その姿に、必死で私を捜していたのだと伝わってくる。

「葉月」

目の前に来て足を止めると同時に、樹さんは私を逃さないと言うかのように、きつく抱きしめた。私は抵抗しないでされるがままでいた。



しばらくして呼吸が落ち着いてくると、樹さんはそっと私から離れた。

「葉月、話を聞いてくれないか?」

私はコクリと首を縦に振った。声を出さない私を見て、樹さんの目が切なそうに揺れたのは気のせいじゃないと思う。

時折、散歩をしている人や親子連れが通っていくけれど、この後天気が崩れるせいか、それほど人は多くない。風に揺れる木々の音と、近くの噴水の音だけが心地よく響いてくる。


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