トワイライト(上)

それから、不動産屋に指定された3日後に引越しを済ませ、漸く片付けの目処が付いたのは後日の夕方に差し掛かった頃。

少し広めのリビングには褪せた茶色のソファーと小さな白いテーブル、その下に熊の形をしたラグマットが敷かれ、カーテンは淡い群青色に微かに縦縞が編み込まれていた。

TVやオーディオ機器は見当たらず、3段ほど積まれたカラーボックスに様々な本が並んでいる。

ジャンルを問わずに詰め込まれた背表紙を指で辿り、一番上の棚に置かれたガラス細工の人形を目にして手を止めた。

まるで今にも飛び立ちそうな姿に笑みが零れ、一緒に暮すであろう人物の想像図が容易く目に浮かんで来る。

自分より背が高くて華奢な身体付きに緩やかなパーマを靡かせ、ふと笑みを投げ掛けてくるような女性を思い浮かべていた。

そろそろ自室に戻るか買い物に出掛けるかの選択肢に迷い、右側にある固く閉じられたドアに自然と足が向いて軽く扉を叩く。

だがしかし、何の反応も見受けられないままの向こう側は静寂に包まれていた。

夜には挨拶出来るだろうと踵を返し、自室に向う背後で玄関を開ける音が聞こえて立ち止まる。

振り返る耳に近付いて来る足音、忍び寄るように静かにドアが開かれた瞬間に頭を下げた。


「こんばんは!初めまして、手塚茅紗と言います、今日から宜しくお願いします」


矢継ぎ早に言ったせいか相手は立ち止まったまま、そこに見えた足元に若干の違和感を覚えて恐る恐る頭を上げる。


「こん、ばんは……嘘だろ……どうやって入ったの」


目の前で明らかに顔を強張らせた見覚えのある男性は一歩引いて自分を眺めていた。

不信感を漂わせた様子や言葉から思考を凝らし、思い付く限りの言葉で問い掛ける。


「あ……安田浬李さんの彼氏さん、ですよね?いや、お兄さん……ですか?」
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