トワイライト(上)
約束は果たされないままに谷口が手の届かない所へ行く事など想像もせず、暢気にマンションに足を運んで部屋へと向かう。
まだ見慣れない101号室と印されたドアノブに鍵を差し回し、手を掛けて捻り引くと鍵が掛かっていた。
きっと掛け忘れただけだろうと鍵を開け、リビングに繋がる短い廊下で嫌な空気が漂い出す。
微かに鼻に付く薔薇の香りに忍び足で進み、静かにドアを開けて目に飛び込んできたのは散々な有様だった。
テーブルは裏返されてソファーの上に寄りかかり、ラグマットは引き裂かれたように解れが目立ち、カラーボックスから放り出された本が幾つも散らばっている。
レールから外れたカーテンが床に垂れ、脇や裾が濃い色身を帯びて揺れていた。
唖然としたまま立ち尽くし、恐る恐る右の部屋を見るとドアは開け放たれ、部屋中にマネキンが転がり落ちているのが見える。
思わず目を覆いたくなる光景から視点を逸らして自室を見ると、同じようにドアは開け放した状態でクローゼットの中身が散らかっていた。
途端に震えだす身体を堪えてポケットを弄り、何とか手にした携帯を握り締めた瞬間に声が聞こえる。
「ただいま……て、寝てるか……」
軽い足取りが近付くにつれ、立っていられずに座り込み、自分の様子を目にした彼は慌てて近付くとリビングを眺めて止まった。
「……怪我はない?」
自分の事を気に掛けながら、部屋を確認する姿に居た堪れずに返す。
「……ごめん……なさい……私が、確認しなかった……せいです……」
その言葉に彼は静かに座り込み、そっと自分の肩に触れて優しく撫でた。