トワイライト(上)
「それ以外も何も、付き合う気もありません」
その人気の高い谷口から壁に両手を掛けられ、女子の憧れでもある状況にも関わらず、自分は何の感情も沸いて来ない。
言い慣れた口説き文句と見慣れた手口、行き場を塞いで嗾けても詰めの甘さが脇の隙間に現われていた。
それを踏み切りを潜るように抜け出すと、必ず谷口は自分に向かって言う。
「好きな人でも出来たの?」
問い掛けられた言葉に聞いてない振りをし、ロッカーから制服を取り出して更衣室で着替えながら声を掛ける。
「エリアマネージャーの話、断ったって本当ですか?」
「何で知ってんの?」
「バイトの女子が噂してました、辞めるって言ってましたよ……"ナナちゃん"」
明らかに気まずい雰囲気を漂わせた向こう側で煙草に火を点けるライターの音が聞こえた。
それを注意しようかと更衣室のカーテンを開けると、谷口は一瞬だけ此方を見て鼻で笑って目を逸らす。
「断るなら気を遣って下さい、店長なんですから」
年下の自分に窘められた谷口は不服そうな面持ちで煙草を銜え、口の端から長い煙を吐き出した後で呟く。
「だったら俺と付き合えよ……好きなヤツ居ないなら良いだろ……」
「開店準備して来ます」
そう告げて受付に向かう背後で小さい舌打ちが聞こえた。