トワイライト(上)
「ありがとう……あ、待って」
閉めかけたドアの向こうから僅かに聞こえた声に手を止めると、男性は受付で何かを取り出して此方に向かって来る。
そして、男性は自分に一枚の細長い紙を差し出しながら言う。
「お礼にならないかもしれないけど、良かったら使って」
紙に印された"カット無料"の文字に受け取ることを躊躇い、断りを入れようと口を開いた瞬間に男性の手が伸びて来て毛先を摘む。
「結構痛んで来てるし、カラーも抜け掛かってる……」
男性は頭全体を見回しながら指で毛先を軽く摘んで遊び、髪の毛を救っては梳いたりを繰り返していた。
その様子を目の前に何も口に出来ないまま落ち着かず、視点を何処に置けば良いのかすら分からなくなって見上げる。
浮つき気味の目に時折見える顔が僅かに左右に揺れていた。
ミディアムの赤黒い髪の毛は襟足からも覗き、揉み上げから落ちて伸びる顎髭、真っ直ぐに結ばれた唇の上に生え揃う口髭、真剣な眼差しの赤茶けた瞳に両耳の小さなフープピアス、筆で漢数字を書いたような眉毛は少しだけ色味が抜けている。
ふと我に返って身を一歩引き、息を飲み込んで言葉を綴った。
「あの……もう、いいですか……」
「あ……ごめん、職業病で気になって」
「いえ、大丈夫です……店が落ち着いた頃にでも伺います」
「いつでもいいよ、カットなら直ぐ済むから」
眉尻を下げた面持ちのまま軽く笑みを浮かべ、男性は営業用の言葉を吐いて軽く頭を下げた。