トワイライト(上)
電車の窓に映る少し伸びた髪を見つめ、流れていく景色に視点を変える。
建ち並ぶビルの群れに淡い群青色が染まって色濃く映り込み、遅くなった時間帯に訪ね先に足を運ぶべきか否か迷っていた。
老夫婦の知り合いという事から年齢が近いと予想し、恐らくは個人経営の不動産屋を営んでるのだろうと想像しながらホームを抜けて行く。
結局、最寄の駅を出てから名刺を頼りに道を進み、見えた店先は昔の骨董屋を彷彿とさせる概観で佇んでいた。
入り口に近付いて手を伸ばすと、向こう側から年配の男性がドアを開き、杖を片手に此方に向かって笑みを浮かべて言う。
「いらっしゃい、話は聞いてるから中にお入り」
自己紹介も何も口にして無いのに男性は招き入れ、カウンターに足を進めて大きな椅子に腰を掛けた。
「済みません、こんな遅くに……」
「構わないよ、一日中暇を持て余しててねぇ……いつ来るかと待ちわびていたんだ」
そう言って男性は軽やかに笑い、カウンターの隅の分厚いファイルを中央に手繰り寄せ、一枚ずつ丁寧に捲りながら再び声を掛けて来る。
「どんな物件が良いかねぇ……」
その言葉に暫く考え込み、まずは家賃だと思い付いて訊ねた。
「出来れば、今と同じくらいの金額で……」
一旦は口にしたものの、ある訳が無いと分かっている。
自分の言葉に男性も難しい面持ちをし、深い溜息を吐きながら紙を捲っていた。