トワイライト(上)
「そうだねぇ……」
男性は優雅に捲っていた手を止め、ファイルを此方に寄せて目星を付けた物件を指した。
「此処なんかどうだろうか……」
そこに印されていたのは築7年目の2LDK、間取りも日当たりも良さそうで住み心地も悪く無さそうに見える。
最寄の駅からも近くて交通の便も今と然程変わらず、暮して行くには好都合な場所だった。
だがしかし、一人暮らしにしては部屋が広すぎる事、家賃の相場から考えても低い条件が少し引っ掛かる。
「あの……此処はどういった物件なんですか?」
そう告げる頭の片隅で嫌な予感を浮かべ、店を出た時の光景を重ねていた。
今の家賃とは比べ物にはならないけれど、随分と低い設定に不穏な空気を抱え込む。
「あぁ、心配は要らないよ、この物件は何だっけなぁ……
若い人が一緒に住んだり、仲の良い友達同士で暮したり……」
「もしかして、ルームシェア……ですか?」
抱えたバッグから手を離し、慌てて目の前に広げられた物件を確認した。
そこに印された"安田浬李"と言う文字を捉え、安堵の溜息を洩らして訊ねる。
「お部屋とか見せて貰えるんでしょうか……」
「少し手配に時間が掛かるけれど、それでも良ければ」
杖に両手を乗せて笑みを投げ掛ける男性を前に口にしたことを後悔し、その年老いた姿に手間隙を掛けさせる事を躊躇い、その場で契約を進めてしまった。