トワイライト(上)
「やっと引っ越す気になったの?随分と暢気ね」
目の前でパスタをフォークでスプーンの上に綺麗に巻き、それを上品に口に運びつつ此方を柔らかい眼差しで見つめる男性。
ショートの跳ねた黒髪に銀色のイヤーカフ、凛々しい眉毛と垂れた瞳に筋の通った鼻、淡い紅を引いたような唇、何をするにも端正な印象を与える人。
見た目は男性その物だけれど、中身や心は完全に女性で有りながら"園田凜太郎"として過ごしている。
彼女は此方を眺めながら優雅に食事を口にし、最後の一口を味わうように噛み締めながら自分の手にしていた雑誌を静かに取り上げた。
「もしかして、切羽詰まってる状況だったりするの?」
そう言いながら紙を丁寧に捲り、手入れされた艶やかな指先で唇を拭う彼女。
女性の自分から見ても魅力的な仕草に目を奪われ、言い出せない悩みと共に息を飲み込んで返す。
「ううん、全然、良い物件が無いかと思って……」
彼女は雑誌を静かに差し出し、口を結んで此方を眺め始める。
見透かすような眼差しに居心地が悪くなり、雑誌を捲りながら誤魔化して様子を伺っていた。
すると、彼女は細い煙草を口にして火を点け、ゆっくりと吐き出した後で呟く。
「さっさと言いなさいよ、今言うのも後で言うのも変わらないんだから」
此方を促す素振りなど一切見せず、飽くまで優しく語る口調に自然に口を開いていた。
「……アパートが取り壊す事になって
昨日、不動産屋に行って決めて来たんだけど、その物件が変わってて……」