寫眞
「……ふふ」
マサさんの小さな笑い声が、オレンジ色の空気に溶ける。
「何ですか」
「初めて弥生ちゃんをここに連れてきたときもこんな景色だったなぁって」
懐かしそうに目を細める。
あの日のことは、私もよく覚えてる。
久しぶりに部室に来たと思ったら、
「いいもの見せてあげる」と悪戯っ子のように笑って私を連れ出した。
「あ、入手経路は聞かないでね」なんて言いながら、さらりと理科室の鍵をポケットから取り出して。
カーテンが開いたときの、あの感動は忘れられない。
ちょうど、今日みたいな空と海。
マサさんはこの景色を見せてくれた。
「…なんで私に教えてくれたんですか?」
「んー?」
「秘密にしてたんでしょ、ここ。一人で勉強するために」
「あれ、なんだ知ってたの」
あの日から私はよく理科室に来るようになったけれど、マサさんはいつもここにいて、ひとりで勉強していた。
私に教える前から、ずっとそうしてたんだと思う。
いつも一緒にいる人たちにも内緒にしていたこと。
それをなんで、たかが部活の後輩なんかに教えてくれたんだろう。
マサさんは、窓の外を見たまま言った。
「俺ね、弥生ちゃんの写真が好きなんだ」
私の顔を覗き込むようにして笑う。
「この景色を撮ってほしいと思った。それだけだよ」
ブレザー胸元の花が目に入った。
「……そうですか」
私は窓の外に目を向けた。
オレンジ色が目に染みる。