Sweetな彼、Bitterな彼女
プロローグ
怒鳴り声。
何かがぶつかる音、割れる音。
耳を塞いでいても聞こえてくる、家族が壊れる音。

大好きな相手に愛を告白する日。
わたしの母親は不倫の恋を告白した。

『彼とわたしは、愛し合ってるの』
『離れられない。離れたくない』
『わたしを母親ではなく、女として扱ってくれるのよ』
『彼以外、いらない――』

泣きわめく母親の言葉は、どれも空々しく聞こえる。

(もう、うんざり……)

ショールとスマホ、財布だけを持って、そっと家を出た。

とりあえず、近所のコンビニを目指して歩く。
暗い空に浮かぶのは、朧月。
まだ春になりきれない夜の空気は、思ったよりも冷たい。

コンビニから漏れる無機質な光の中へ踏み込もうとした時、ふと微かな鳴き声を聞いた。

(猫……?)

あたりを見回せば、明るい光がわずかに届く場所に、うずくまる赤茶色の子猫がいる。

「……ねえ」

声をかけるとビクリと身体を震わせて、後退りする。

「どうしたの?」

チョコレート色の丸い瞳が、まっすぐにわたしを見つめた。

縄張り争いの喧嘩でもしたのか、毛並みは乱れ、あちこち汚れている。
けれど、餌をねだって擦り寄って来ないところを見れば、野良猫ではないのだろう。

たぶん、迷子。
もしくは、家出。

わたしは、ひとまずコンビニで餌を買うことにした。


(ええと……温かいミルク……はないから、ミルクティーでもいいかな。あと、これも……)


猫を飼ったことがないので、何をあげればいいか迷ってしまう。
レジ前には、バレンタインデーの売れ残りと思われるチョコレートが、値下げされていた。

外の様子を窺いながら、急いた気持ちで会計を終え、外へ出る。

子猫はまだ、同じところにうずくまっていた。


「ねえ……寒くない?」


そばにしゃがみ込んだわたしに警戒のまなざしを寄越す。


「一緒に入れば温かいよ?」


無理に抱こうとすれば、引っかかれそうだ。
ショールを広げ、じっと見つめて待つこと数分。

寒さに耐えきれなくなった子猫は、ショールの中へ入り、わたしの横にぴたりとくっついた。


「ミルクティー飲む?」


ぷいっと横を向かれ、それなら……とビニール袋からチョコレートの箱を取り出す。

蓋を開けると、ハートに楕円、コインなど、さまざまな形と色のチョコレートが八個入っていた。
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