Sweetな彼、Bitterな彼女
Sweet or Bitter 2
ほぼ丸一日、わたしは詩子と緑川くんに観光地を連れ回され、最後は二人が宿泊するホテルでディナーをごちそうになった。
「予想以上に、楽しかったわ。たまには、健全なデートも新鮮でいいわね」
「俺も、すっごく充実した一日でした! 両手に花だし。紅さんも楽しめましたか?」
「ひとりじゃなかなか観光はしないから、楽しかったわ。誘ってくれて、ありがとう」
持つべきものは、強引な友人と従順な子犬だ。
二人のおかげで、今日一日を泣いて過ごさずに済んだ。
「明日は、ちょっと遠くまで足を伸ばそうと思ってるんですけど……あ、すいません。ちょっと失礼します」
デザートを食べ終え、そろそろ出ようかと話していたところで、緑川くんがスマホを片手にあたふたと席を立つ。
「仕事? 詩子、ちゃんと確認して連れて来たんでしょうね?」
「紅……真面目な竜くんが仕事を放り出して来るわけないでしょ。たぶん、紅の誕生日プレゼントが届いたんだと思う」
「わたしの?」
「急いで用意したから、万全の状態じゃないかもしれないけど」
「……?」
何のことかさっぱりわからない。
首を傾げてるわたしに、詩子はにっこり笑って「中身は保証するから」と言う。
「すみません、ちょっと野暮用で……」
ほんの数分で緑川くんが戻って来ると、詩子は席を立った。
「もう、出よっか。竜くん」
「そうですね」
「え、ちょっと待って、お会計を……」
支払う素振りさえ見せずに、そのまま店を出て行こうとする二人を慌てて引き止める。
「いいの。部屋付けにしてあるから」
「紅さん、今日は俺と詩子さんにおごらせてください! 誕生日なんですから」
最初から、わたしに払わせる気はなかったと二人に言われ、恐縮する。
「でも、結構なお値段……」
「誕生日なんだから、素直におごられてなさい! 紅。エントランスまで送る」
本音では、ホテルのバーで少し飲みたい気分だったが、詩子や緑川くんにこれ以上気を遣わせるのも心苦しい。
かといって、どこかの店に入って、ひとりで飲む勇気もない。
酔って気が緩んだら、みっともない姿をさらしてしまう。
それでも、きっと酔わずには眠れない。
(コンビニで、ビールでも買って帰ろうかな……)
家の冷蔵庫には、極力酒類はストックしないことにしている。
意思が弱いので、あるだけ飲んでしまうからだ。
「詩子と緑川くんは、明日も観光するんでしょう? どこへ行くの?」
「海方面の予定。紅がヒマなら誘うところだけど、たぶん無理だと思うし、やめておくわ」
「え、いや、ヒマだけど……?」
まだ、大型連休を楽しめるほど、新支店の人員に余裕はないが、今日と明日は休みだった。
「ううん。ヒマじゃなくなる」
にんまり笑って、詩子に断言された。
「どういう意味?」
「そのまんまの意味よ」
明るく開放的なロビーには、外出から戻ってきた人やこれからチェックインする人がちらほらといる。
そんな中、しきりに振り返る女性客の姿が気になった。
その視線の先にいるのは、紅茶色の髪と人形のように整った顔立ちをした男性。
長い足を持て余したように組み、頬杖をついている。
「蒼……?」
虚ろに空を見つめていたチョコレート色の瞳が、見開かれ……
柔らかそうな唇が微かに動いて、わたしの名を呼んだ。
「紅!」