Sweetな彼、Bitterな彼女


「土地勘まったくないから、タクシーで行くよ?」


蒼は、スタスタと少し先に停まっているタクシーへ向かう。


(何がどうなって、こんなことに……)


混乱する中、ふと足りないものがあることに気がついた。

ジーンズにTシャツ姿の蒼は、手ぶらだ。


「そう言えば……蒼。荷物は?」

「ない」

「……ない?」

「財布とスマホ以外、持ってない」


開いた口が塞がらないとは、まさにこのことだ。


「国内だし、必要なものは買えば済む」

「…………」



タクシーに乗る前に、ホテル近くのコンビニで必要なものを買い揃えることにした。

歯ブラシに下着、新発売のチョコレートと棚に残っていたおにぎりを二つ。
次々とカゴに放り込んだ蒼は、わたしが買おうとしていた食パンも取り上げ、レジへ向かう。

清算を待ちながら、ふと何かを思い出したように振り返った。


「紅、煙草は?」

「やめたの」

「……本当に? よくやめられたね?」


信じられないと言うように、まじまじと見つめられ、むっとする。


「わたしだって、その気になればやめられるの」

「まあ……やめた理由は何にせよ、吸わないほうがいいよ」


コンビニを出てタクシーに乗り込むと、蒼はわたしが告げた住所をすかさずスマホに登録した。


「何してるの?」

「次に来る時、迷子にならないように」

「次って……」

「今度、こんな真似したら、紅のスマホにGPSで追跡できるアプリ入れるよ?」

「蒼……」

「紅の部屋を訪ねて、まったく知らない女の人が出て来た時、俺がどれほど驚いたかわかる? まちがえたって言って、すんなり信じてもらえたのは奇跡。普通なら、警察呼ばれてた」


確かに、蒼の言うとおりだった。

物騒な世の中だ。
ストーカーと勘違いされていたかもしれない。


「ごめん。でも、事前に連絡してくれれば……」

「……電話しても、出てくれないかもしれないと思ったから」


唇を引き結んだ蒼が、わたしの手をぎゅっと握りしめる。


タクシーは、重い沈黙ごとわたしたちを運び、二十分ほどでわたしの住むマンションに着いた。

共有スペースのエレベーターで五階へ上がり、1Kの部屋へ蒼を招き入れる。


「蒼、お茶がいい? コーヒーがいい?」


いきなり面と向かい合うのも気まずくて、とりあえずソファーに蒼を座らせてキッチンに立った。


「コーヒーがいい」


好奇心旺盛な蒼は、ソファーにじっと座っていない。

部屋の中をウロウロして、シンプルすぎる家具や最低限の機能しかない家電製品を物珍しそうに、観察している。


「ここって、ショートステイ用じゃないの? 引っ越さないの?」

「家財道具を揃えなくていいし、立地もいいから。ちょっと狭いけど、一人で住むには十分」


引っ越すのも、家電を買い揃えるのも面倒で、雪柳課長が手配してくれたウィークリーマンションをマンスリー契約にして、住み続けていた。


「ロフトで寝てるの?」

「そうだけど?」

「紅、寝相悪いのに……落ちたりしない?」

「しないわよ!」

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