Sweetな彼、Bitterな彼女
あまりにも蒼の態度が普通で、毒気を抜かれた。
(そう言えば……初めて会った時もこんな感じだった)
社員食堂での出会いを懐かしく思い返しながら、ハンドドリップで丁寧にコーヒーを淹れる。
自分用は、ブラック。
蒼用は、砂糖と温めたミルクをたっぷり入れたカフェラテ。
わたしがマグカップを渡すと、いつの間にかおにぎりを食べ終えていた蒼は、両手で受け取り、ふわりと笑った。
「すごく、いい匂いがする……」
「そう? 安い豆だけど」
「ブラックは苦手だけど、コーヒーの香りは好き。ほっとする」
熱いカフェラテを啜る蒼は、Tシャツ一枚。
恰好からして見るからに寒そうだ。
エアコンの設定温度を上げ、普段使っているひざかけを手渡した。
「これ、使って」
「ありがと……」
蒼はひざかけに包まって、苦笑いする。
「飛行機を降りたところから、ぜんぜん気温が違って驚いた」
「一か月くらいは季節が遅れているからね」
「紅は、こっちの大学だったんだよね? 寒いのは、慣れてる?」
「そうね。寒いと感じても、こんなものかと思っているから、驚きはしないわね」
「三橋さんの怪我は、大丈夫? もう仕事してるの?」
「え? うん、だいぶ回復して、取り敢えず勤務はしているけど……誰から聞いたの?」
緑川くんに、異動の経緯は話していなかった。
詩子から聞いたとも思えない。
蒼はじっとマグカップを見つめ、ぽつりと呟いた。
「……雪柳課長」
「え?」
意外な情報源に、驚いた。
「雪柳課長に電話したら、紅が異動になった理由を教えてくれた」
「ええと……他には……何か、言ってた?」
どうして蒼が雪柳課長に電話したのか、まったく理由がわからないけれど、かつて別れたいなら協力する、と言われていたことを思い出す。
「紅の幸せを思うなら、さっさと諦めろって言われた。自分が、紅を幸せにするからって」
「…………」
蒼は、マグカップに落としていた視線を上げ、わたしをまっすぐに見つめた。
「あの時、紅はこれから考えるって言ったけど……雪柳課長と結婚するの?」
「それは……」
今日で、蒼のことは忘れるはずだった。
前向きに、忘れる努力をするつもりだった。
忘れられたら、雪柳課長のことを考えるはずだった。
でも、こうして蒼と思いがけず再会してしまった。
沈黙するわたしに痺れを切らしたのか、蒼が身震いして立ち上がった。
「ごめん、紅。シャワー借りてもいい? コーヒーだけじゃ、身体が温まらなくて……」