Sweetな彼、Bitterな彼女
「えっ! あ、そうね! 先にシャワーすればよかったのに、気づかなくてごめん。かなり狭いんだけど……」
慌ててバスルームへ案内し、バスタオルを手渡す。
「シャンプーとか、中に置いてあるもの使って?」
「うん、ありがとう」
脱衣所のドアを閉め、ソファーにどっかり座り、がっくり項垂れた。
(相変わらず、蒼に振り回されている……)
微かに聞こえて来る水音を気にしないよう、今夜の蒼の寝床について考えを巡らせる。
フローリングの床には毛足の長いラグを敷いているが、蒼の身長には大きさが足りない。
布団は、羽毛布団のほかは薄いコットンのブランケットが一枚あるだけ。
ひざかけと二枚合わせたところで十分な暖かさは得られない。
そんな状態で、床に転がしておくのはさすがに良心が痛む。
布団が一組しかないのだから、一緒に寝るのが手っ取り早い解決策だ。
でも、普通は別れた彼氏と一緒には寝ない。
肉食でなはないけれど、蒼の熱を感じて、平然としていられる自信はない。
(ああ、もう……なぜこんなことに……)
床にうずくまるようにして思い悩んでいたら、鞄の中のスマホが震え出した。
雪柳課長からだ。
「もしもし……」
『白崎と会ったか?』
挨拶もなしにいきなり訊ねられ、ごまかせなかった。
「……はい」
『やっぱりな……一緒にいるのか?』
「そうです……」
電話の向こうから、深々とした溜息が聞こえた。
『アイツ、ものすごい剣幕で電話して来たぞ』
「……すみません」
『電話に出るなり、「紅を出せ」の一点張りだ。何度「ここにはいない」と言っても納得しないから、異動の経緯を一から説明してやった』
「大変、ご迷惑をおかけして……申し訳ありません」
『ついでに、おまえのことは諦めろと言ったんだが……そのつもりはないようだな?』
「それは……」
『……まだ、白崎のことが好きなのか?』
「…………」
蒼を「好き」だと、はっきり言えない。
でも、まだ忘れられずにいる。
『答えられないということは、まだ終わっていないということだな』
「そう、だと思います」
『だったら、白崎ときちんと話せ。おまえたちは、圧倒的にコミュニケーションが足りない』
耳が痛かった。
思うように会えなくなる前でも、わたしと蒼は、本当に話すべきことは、何一つ話せていなかった。
わたしは蒼の口から、転職の理由を聞いていないし、蒼もわたしがどうして踏み込んだ付き合いをしたくないのか、知らない。
「紅! 換気扇どうする? すぐに、紅もシャワーするなら、点けずにおく?」
突然、バスルームから蒼の声がして、咄嗟に叫び返した。
「すぐに入るから、そのままでいい! ……あ、すみません、課長」