Sweetな彼、Bitterな彼女

『気にするな。白崎のペースに巻き込まれずにいられる人間は、滅多にいない』

「そうですね……」

『だが……アイツは、他人の言葉に耳を傾けられる人間だ。怖がらずに思っていることを言えよ? 黒田』


雪柳課長には、蒼にわたしの異動の経緯を説明する義務などない。
こうして、わざわざ電話を架けてきて、わたしにアドバイスする義務などない。

それなのに……。


「課長は、どうして……そんなに優しいんですか?」

『好きな女には、優しくしたいに決まってるだろう?』


突然、そんなことを言われて動揺せずにはいられない。


「……あ、あの……課長」


プロポーズされてはいたけれど、異動してからというもの、それらしき会話はまったくなかった。


『わかってる。おまえの気持ちがはっきりしないことには、俺の出番はないってことは。決着がつくまで、親切で優しい上司役を務めてやるよ。だから、お互いに納得できるまで話し合え』

「……はい」

『白崎とダメになっても、次があると思って気を楽にしろ』


言葉どおりに、優しい雪柳課長は、笑いながらそんなことまで言ってくれる。

それなのに、どうしてその手を取れないのか。

どうして、終わりにできないのか。

未練、執着、惰性――。
もしかしたら、蒼への気持ちは、もう「恋」ですらないかもしれないのに。


『黒田。せっかく結んだ縁は、大事にしろ。どんなに結びたくとも、結べない縁もある』


電話越しに聞こえる優しい声に、泣きそうになる。


「は、い……」


そんなわたしの様子を察したのか、雪柳課長は冗談まじりの脅しで会話を締めくくった。


『おまえの忠犬には、二度と俺の貴重な休日を邪魔するなと言っておけ。今度やったら、俺が直接しつけてやる。いいな?』

「はい。きちんと言い聞かせておきます……」


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