Sweetな彼、Bitterな彼女
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「紅、あがったよ。次、どうぞ」
雪柳課長との電話を切ったところへ、蒼が紅茶色の髪をタオルで拭いながら現れた。
当然のことながら、着替えは持っていないため、コンビニで買ったTシャツにパンツ一枚という恰好だ。
さんざん見慣れているはずなのに、なぜか視線を合わせられないのは、この部屋に蒼が馴染んでいないからだろうか。
「なんか、水の質が違ったよ? そう言えば、水道水も美味しいんだよね?」
蒼は、そんなわたしの様子に気づいていないのか、それともわざとなのか、触れそうで触れないところに並んで座る。
「言われてみれば、そうかも。あ、髪、濡れたままだと風邪ひくから。ドライヤー使って」
とても平常心を保てず、蒼の手にドライヤーを押し付けて、そそくさとバスルームへ向かう。
(こんな調子で、一晩過ごせるの? わたし……)
落ち着かない心地でシャワーを終え、何の解決策も思い浮かばないままリビングに戻ると、蒼の姿が見当たらなくなっていた。
「……蒼?」
(……ど、どこに行ったの?)
この狭い部屋で見当たらないなんてことがあるはずがない。
焦って辺りを見回していたら、頭上から声がした。
「紅」
振り仰げば、蒼はちゃっかりロフトで羽毛布団に包まっている。
「勝手にごめん。でも、寒くって……こっちで話してもいい?」
(……そうだった。蒼に『遠慮』というものは備わっていなかった)
これが蒼でなければ、それこそ「あざとい」やり方だが、蒼の場合は「寒いから」というのが一番の理由だとわかっている。
布団から引きずり出すのもかわいそうだし、自分から誘う気まずさを感じなくてよかったと思うことにした。
「ちょと待ってて」
ドライヤーで髪をしっかり乾かして、ロフトへ上り、少し考えてから照明を落とす。
明るい所より、暗い所のほうが話しやすい気がした。
布団の中へ潜り込み、触れそうで触れない距離を保って向かい合わせに横たわる。
蒼は、じっとわたしの様子を窺うように見つめ、小さな声で訊ねた。
「紅……抱きしめてもいい? 何もしないから」
ためらうような、怯えているような、不安の滲む声。
その理由に思い当たった。
(……あの時のこと、気にしてる?)
あの夜、無理に抱こうとしたことが、わたしのトラウマになっていないか心配なのだろう。
大丈夫だという意味を込めて頷くと、広い胸に引き寄せられた。
久しぶりにひとりでは得られない温かさを感じて、心臓が鼓動を速める。
蒼から漂うのは、懐かしいチョコレートの香りではなく、わたしと同じ香りだ。
怖さは、感じなかった。
ゆっくりと背を撫でる蒼の手からは、優しさしか感じない。
「たくさん、話したいことがあったはずなんだけど……なんか、こうしてるだけで十分な気がしてきた」
わたしも、と言いかけて、雪柳課長に言われたことを思い出す。
これまで、会えない日が続けば続くほど、言葉よりぬくもりを共有したくなって、心地いい沈黙に浸っていた。
でも、それだけでは、伝えきれなかったことがたくさんある。
「蒼……話して」
「何から話せばいいか、迷う……」
「それなら、わたしから訊いてもいい?」