Sweetな彼、Bitterな彼女
「いいよ。なんでも訊いて」
二人でいるとき、話上手な蒼が会話の主導権を握ることが多かった。
蒼は、わたしからいろんな感情や言葉を引き出して、わたしにいろんな気持ちを味合わせるのが得意だった。
わたしから蒼に質問することはあまりなかったと思う。
無意識に、もっと蒼のことを知りたいという気持ちを抑えていたところがある。
「新しい職場は、楽しい?」
「うん。みんないろんなバックグラウンドを持ってて、実績もある人たちだから、すごく勉強になる。事務所の所長は大学の先輩だし、いろいろ相談できるのも気が楽」
「デザイナーの仕事に、ようやく専念できている?」
「そうだと思う。KOKONOEで働くのが、イヤだったわけじゃない。でも……描く時間より、それ以外の仕事が増えて。上の人たちに、ちゃんと調整したいって言ったんだけど、商品を売るには必要だって言われたら、言い返せなかった」
ヒット商品を生み出したデザイナーと言っても、蒼はまだ入社二年目だった。
反論しても、取り合ってもらえないことは想像がつく。
「蒼が悩んでいることに、気づいてあげられなくて……ごめんね?」
「紅のせいじゃないよ! 俺が、話そうとしなかっただけ。情けないところ、見られたくなかったし……KOKONOEでずっと頑張ってきた紅に、転職のこと言い出しづらかった」
「ううん、蒼のせいじゃない」
蒼が話せなかったのは、プライドのせいだけではない。
わたしのせいでもある。
わたしが、何でも話せる関係を作らないようにしていたからだ。
「蒼が言えなかったのは、わたしのせい。わたしが、距離を置こうとしていたから……蒼と向き合おうとしなかったから。蒼も、そう感じていたんじゃないの?」
わたしを抱く蒼の腕に、少しだけ力が籠った。
「俺……紅がだんだん遠ざかっていくような気がしてた。最初は、紅はベタベタした付き合いが好きじゃないんだと思ってた。それが……雪柳課長と一緒に仕事をするようになってから、紅はすごく楽しそうで。二人の噂も聞こえてきて……紅の気持ちが、あの人に傾いているんじゃないかって思うようになった。紅……あの人と結婚するの?」
「…………」
「あの人のこと、好きになった?」
二か月もあれば、気持ちも冷めて、次を考えられるようになると思っていた。
でも、わたしは――。
「あのね、蒼……」
顔を上げれば、蒼はチョコレート色の瞳で、まっすぐにわたしを見つめてくれていた。
蒼と続けられるのか。
続けても、同じことを繰り返し、破局を迎えるのか。
未来のことは、わからない。
それでも、
終わりにできないなら、続けるしかない。
続けるためには、始めなくてはならない。
これまでとは違う関係を。
ほどほどではない、関係を――。