Sweetな彼、Bitterな彼女


「わたしの母親……不倫して、父親と離婚したの」

「……うん」

「不倫じゃなくて本気だって言って、泣きながら、愛し合っているとか、離れられないとか、ドラマのようなセリフを口にして。罪悪感なんて、どこにもなかった」


父親と母親の関係は、わたしから見て、良くもなければ悪くもなかった。

子どもにはわからない「何か」があったのかもしれないが、当時のわたしには、母親が語る「恋」は「不倫の言い訳」にしか聞こえなかった。

父親を傷つけて、不倫相手の家庭を壊して、それでも自分たちの「恋」が一番大事だと言う母親が、理解できなかった。

二つの家庭を巻き込んだ泥沼の離婚劇は、わたしと父親の中で、二度と思い出したくない出来事になっている。


「母親のようには、なりたくないと思っていた。自分が何をしているのかもわからなくなるほど、『恋』に溺れるのがイヤだった。感情に振り回されて、理性を失って、してはいけないことをしてしまうのが、怖かった。恋愛にのめり込むのが、怖かった」


蒼は、しばらく黙っていたが、長々と溜息を吐いた。


「つまり……紅は、俺をすごく好きにならないようにしてたってこと?」

「そうならないように我慢していたの。でも……蒼と一緒。上手くいかなかった」


自嘲の笑みがこぼれる。

ほどほどの付き合いでは、満足できなくなっていた。
とっくに、蒼との関係に溺れていた。

認めたくなくて、あがいて、手に負えなくなって、逃げ出した。


「ずっと、嫉妬してた。あの人――『ミカ』に」


蒼が、驚いたように目を見開く。


「あの人が、蒼の傍にいるのがイヤだった」


彼女を見るたびに、胸の奥が焦げつくような感覚に襲われた。
大人げなく、やり返したくなった。
蒼に触れないでと、言いたかった。
< 109 / 130 >

この作品をシェア

pagetop